自己肯定感と自尊心の違い~自己肯定感の保ち方・自尊心の育て方

自尊心とは 基礎知識
自尊が理想を思い描き、理想に近づくと自信を得る

「自己肯定感」や「自尊心」という言葉に、どのようなイメージを持っていますか?

自己肯定感や自尊心は一般的に

・なんかポジティブな感じ
・あると生きてて楽しそう
・自信がありそう
・でも高すぎると嫌われそう
・ワガママや傲慢に見えることがある

など、良い面でも悪い面でも、様々な特徴を挙げることができると思います。

では、自己肯定感と自尊心の違いを説明する事はできますか?

こう聞かれると、答えるのはなかなか難しいと思います。

自己肯定感と自尊心を、曖昧なイメージではなく、しっかりと理解する事は、

・日常の苦しみ 
・生き辛さ
・対人関係の悩み

といった悩みの解消に役立ち、日常をより良く生きる為のヒントになります。

ナーバスになった時、自己肯定感と自尊心がわかると、脱出するヒントになる場合があります。

また、子供がいる方の場合は、

・子供の育て方
・子供との接し方 
・子供の友達との関わり方

といった子育ての悩みにも役立ちます。

皆さんは、自分や家族が心の問題を抱えた時、どのように解決するでしょうか。

もしかしたら、知人や専門家に相談したり、本やネットの記事を読んで解決方法を探したり、占いや宗教に拠り所を求めたりするかもしれません。

どんな方法を選ぶにせよ、自分や家族に合うものを取捨選択し、適切な対処方法を見つけたいですよね。

それを可能にする為に、自己肯定感と自尊心を知っておく事は、大きな力になります。

結論から先に述べると

・自己肯定感は「感覚」
・自尊心は「感情」

です。

それでは、詳しく説明していきましょう。

自己肯定感と自尊心の違い

それでは、自己肯定感と自尊心の違いについて説明したいと思います。

自己肯定感とは

自己肯定感とは、自分の『ありのままの姿』を肯定する感覚のことです。

『ありのままの姿』とは、誰かから値踏みや評価される事のない、見たままの自然な姿です。

自己肯定感は、

×社会的地位
×お金をどれだけ持っているか
×家族や友人関係
×住んでいる家や場所
×誰かに評価された事

こういった自分の実績や所有する財産を除いたものを意味します。

自己肯定感『ありのままの姿』を比較しない

『ありのままの姿』を、義務や期待や他人と比較しない

『ありのままの姿』は、年齢や経験によって常に変化しています。体だけではなく、精神も常に変化しています。

自己肯定感がある人は、

○ありのまま、ここに存在する事を許されている
○失敗しても大丈夫
○自分は自分の思うがままに生きていて大丈夫

このような安心感に、無自覚に包まれている状態になります。

逆に自己肯定感がないと、

×義務を果たさなければならない
×期待に応えなければならない
×高く評価されたい
×他人と同じか、優れていなければならない

このような気持ちが強迫観念となり、気づこうとしない限り、無自覚に苦悩します。

自己肯定感の「感」は、バランス感覚の「感」です。

安心感という、固く安定した土台に立っていると、思うがままに伸び伸びと自己表現する事ができます。

逆に、強迫観念という不安定な土台に立っていると、何かに掴まっていなければ、立てません。

×学歴や学位
×地位や肩書
×年収
×家族や友人の自慢

他者や世間の評価に依存して、自己表現するようになってしまいます。

では、自尊心とは何でしょうか?

自尊心とは

自尊心とは、自信と自尊の2つの感情で成り立っています。

感情には自覚があります。

例えば、日常生活で人と話をする時、または何かの大会に出場する時や試験を受ける時など、

・私には自信がある
・私には自信がない

というような事を、言葉に出したり、心の中で実感したりした経験のある方は多いと思います。

感情とは自覚できるものなのです。

 

これに対して、比較対象としている自己肯定感についてもう一度おさらいすると、

○ありのまま、ここに存在する事を許されている
○失敗しても大丈夫
○自分は自分の思うがままに生きていて大丈夫

このような安心感に、無自覚に包まれている状態の事を「自己肯定感がある」状態と説明しました。

自覚があるか、無自覚なのか、この点が大きな違いの1つです。

この違いをまずは認識した上で、自信と自尊の2つの感情について説明したいと思います。

自信

自信とは「自分の価値や能力を信じる」感情です。

「自分の価値」とはつまり、

・他人からの評価
・人より優れている部分がある
・人の役に立つ能力を持っている

という、他人との比較や関係によって自覚されるものです。

人より優れていたり、人の役に立つ能力というのは、『ありのままの姿』には存在しません。

例えば、

・人に認めてもらえる結果を出す
・グループに馴染める服装をする
・地位や肩書き
・お金

など、他者に評価されるものを、『ありのままの姿』の上に乗せたものが自信となります。

他人と比較して優れていると自信になる

他人と比較して優れていると自信になる

・自覚か無自覚か
・他人と比較するか、比較しないか

この2点が、自己肯定感と自信との、特に大きな違いと言えます。

自尊

自尊とは、「自分の価値や能力を信じる」感情です。

おや?

自信と同じですね。

しかし、内容には自信と大きく違う部分があります。

それは、「他人と比較しない」という事です。

『ありのままの自分』が心のおもむくままに、

○好きな物を所有する
○選びたい物を選ぶ
○やりたい事をやる
○楽しい事を楽しむ
○面白い事を笑う
○興味深い事に取り組む

などの行動を取り、その気持ちや行動する事に「価値がある」と感じる事が自尊です。

自尊とは

自尊とは、『ありのままの姿』の内側にある感情を大切にする事

『ありのままの姿』の内側にある感情が大切にされ、大きく育つと、自尊感情になります。

逆に、大切にされないと自尊感情が育ちません。

×漫画やおもちゃを親に取り上げられる
×学校の選択科目や部活を親が決めてしまう
×嬉しい楽しい面白いという気持ちを、親に否定される
×あの友達とは付き合わないように、などと親に人付き合いを制限される
×可愛いと思って着ている服を、友達に似合わないと言われる
×趣味や意見の合う家族や友達がおらず、仲間外れにならないよう周囲に合わせる

上記のような経験が過剰に繰り返されると、自尊感情の弱い人間に育ってしまう危険があります。

自尊が育たない

自尊が育たない

逆に、自尊が大きくなりすぎて『ありのままの姿』よりも過大になってしまう場合があります。

他者評価を一切気にせず、自分で自分を過大評価してしまいます。

これを、「自惚れ」「ナルシシズム」などと言います。

自尊が過大になると自惚れに

自尊が過大になると自惚れに

自己肯定感と自尊の共通点は、

・他人と比較しない

という点です。逆に、相違点は

・自覚か無自覚か

という点となります。

自信+自尊=自尊心

自尊心とは、自信と自尊の2つの感情から成り立っています。

自尊心が育つプロセスを図解すると下のようになります。

自尊心とは

自尊が理想を思い描き、理想に近づくと自信を得る

自尊心が育つプロセスの順番を大雑把に示すと、下記のようになります。

1)『ありのままの姿』が持っている感情が大切にされ、自尊感情が育つ
2)自尊感情によって、自分のなりたい『理想の姿』を思い描けるようになる
3)『理想の姿』に近づきたいと思い、努力などを始める
4)『理想の姿』に近づくよう『ありのままの姿』に、他人の高評価などを上乗せしていくと、自信になる
5)ありのままの自分が本当になりたいと願った『理想の姿』に近づいていき、自信をつけていく実感が、自尊心を育てる

自尊心とは、このように、自尊と自信の2つの感情によって成り立っています。

自分が理想の姿に近づいていく事が、他人の高評価につながる場合に、自尊心が育ちます。

 

自尊心が育つには、2つのハードルがあるのです。

1つ目のハードルは、「自分の好きなものが他人にも好ましいものであったり、大切にされる必要がある」という事です。

人は必ずしも、自分の好きなものが他人にも好ましいものであるとは限りません。

不運にも、自分の好きなものや選びたいものが、身近な人に否定されれば自尊感情は育ちません。

2つ目のハードルは、良い結果を得る事です。

理想の姿に近づこうと努力しても、必ず良い結果が得られるとは限りません。

自分にとっては良い結果でも他人からは高評価を得られない事も多いでしょう。

自信と自尊、両方を同時に得られるのは、とても幸運な事と言えます。

自尊心は取り扱いに注意

自尊心は「力」です。

自尊心を得た人は、生き生きと楽しい人生を送る事ができます。

自分の好きな事・やりたい事をやり、頑張って結果を出せば高評価が得られ、自信が増えていくので、さらにやる気が出るという好循環に入ります。

しかし、この好循環は『理想の姿』を比較対象にしている間だけです。

比較対象が、気づかないうちに他人や周囲の期待や義務に変わってしまうと、自尊心が暴走し、自分や周囲の人々を加害してしまう危険を持っています。

自尊心と苦悩

『理想の姿』が『あるべき姿』に変わると苦悩が生まれる

好ましい結果を出し続けていると、周囲の期待はどんどん膨らんでいきます。

始めは純粋に自分が楽しいと思って行動していたものが、いつしか他人の期待に応える事の方が優先となり、そこに義務や責任が生じます。

自分の思い描いた『理想の姿』よりも『あるべき姿』に近づけなければならなくなり、苦悩が生まれます。

その苦悩が過剰なストレスとなった時、これまで育ててきた自尊心という「力」が自分を育てる情熱に正しく使われず、他人への攻撃性となって現れる場合があります。

例えば、ビジネスで成功した人や、社会的に恵まれている人々が、

「自分は人より頑張っている」
「自分は天才ではない。当たり前の事を人より頑張り、耐えているだけ」
「結果を出せずに嘆く者たちは努力が足りない。甘えるな」

などのように、他者に辛辣な言葉を投げかけ、加害するケースがあります。

成功者は尊敬を集めていたり、部下を持っていたり、気を使われていたりするものです。

良くも悪くも注目を集めたり、嫉妬などされている場合もあります。

ですので、成功して自尊心が高い人ほど、自分だけを見ずに、他人への配慮や謙虚な姿勢が求められるのです。

[補足]自己愛とは

「自己愛」という言葉もありますが、これは、これまで出てきた「自信」「自尊」「自惚れ」「ナルシシズム」「自尊心」などを内包した広い意味の言葉です。

それぞれの特徴から「健全な自己愛」「不健全な自己愛」などに分類される事が多いです。

<健全な自己愛>
・自尊

<不健全な自己愛>
・自惚れ
・ナルシシズム

<状況により健全にも不健全にもなる>
・自信
・自尊心

自己愛については、後日、別の記事で詳しく触れたいと思います。

自己肯定感の保ち方と、自尊心の育て方

ここまで、自己肯定感と自尊心の違いを説明してきました。

自己肯定感は、生きていく上で保ちたい感覚です。

自尊心は、簡単には実現できませんが、持てれば素晴らしい感情となります。しかし欠点もあり、取り扱いには注意が必要です。

では、自己肯定感をどのように保ち、自尊心をどのように実現すればよいでしょうか。

自己肯定感の保ち方

自己肯定感の保ち方には、良い例と悪い例があります。

自己肯定感をおさらいしながら、説明していきます。

○良い例

自己肯定感のある人は、

○ありのまま、ここに存在する事を許されている
○失敗しても大丈夫
○自分は自分の思うがままに生きていて大丈夫

このような安心感に、無自覚に包まれている状態になります。

これらを実現する具体的な方法を説明します。

○ありのまま、ここに存在する事を許されている

こう感じるのは、例えば

○誕生日をお祝いされる
○お年玉を貰う
○クリスマスにプレゼントを貰う

などが挙げられます。

家事のお手伝いやテストで高得点を取った見返りに貰うのではありません。

ただありのまま存在する事が許され、喜ばれている事が実感できる具体的な行事定期的に持つ事が重要です。

○失敗しても大丈夫

日本人は、失敗して人に迷惑をかける事を気にする民族です。

失敗に対して、他人にも自分にも厳しく接します。

「人に迷惑をかけてはいけない」

こう教えられるのです。

これに対して、私の好きなインドの言葉があるので、ご紹介します。

「人は失敗する生き物なのだから、他人の事も許してあげて」

床に飲み物をこぼしたら、叱責して拭かせるのではなく、「大丈夫だよ」と一緒に拭いて片付けてあげましょう。

その心の余裕が失敗した人を安心させます。

○自分は自分の思うがままに生きていて大丈夫

これは感情を否定されない事が重要です。

例えば、蛇を可愛いと感じる子供がいるとします。

親も同じように蛇を可愛いと感じ、共感してあげられれば子供は安心します。

親がどうしても蛇が苦手な場合はどうすればよいでしょう。

自分の気持を偽ってまで共感する必要はありませんが、子供の感情を否定しないように配慮するとよいでしょう。

理解してあげる姿勢、尊重する姿勢が必要です。

「蛇が可愛いのね。どんな所が可愛いと思うの?」などと深堀りしてあげられると素晴らしいと思います。

「蛇が好きなあなたを大切にするよ」というメッセージが必要なのです。

○共感
○尊重

共感もしくは尊重、どちらかがあれば、「ありのまま、思うがままに生きていて大丈夫」という安心感を持つことができます。

 

子供相手ではなく、自分で自分に意識的に安心感を持たせたい場合は、同じ感覚を持つ人達のグループに所属する事が近道となります。

人付き合いが苦手な人は、自分にとって適度な距離を保てるグループを見つけられると良いでしょう。

リアルだけではなく、ネット上の匿名での薄い繋がりでも良いのです。

×悪い例

逆に自己肯定感がないと、

×義務を果たさなければならない
×期待に応えなければならない
×高く評価されたい
×他人と同じか、優れていなければならない

このような気持ちが強迫観念となり、気づこうとしない限り、無自覚に苦悩します。

具体例を説明していきます。

×義務を果たさなければならない×期待に応えなければならない

ここで言う義務とは、法律的な義務というよりも、もっと身近な役割を差します。周囲の期待など、精神的な重圧も意味します。

例えば、

・男は泣くな
・お姉ちゃんなんだからしっかりしなさい
・男は家族の為に稼がなければならない
・女は家事を担当し、料理を作れなければならない
・学校に通わなければならない
・テストで高得点しなければならない
・偏差値の高い学校へ進学しなければならない
・良い企業へ就職し、正社員にならなければならない
・家業を継がなければならない
・高い年収を得なければならない
・結婚しなければならない
・子供を産まなければならない
・地域の行事に参加しなければならない

などが挙げられます。

これらの義務を自分の意思で行っている場合は問題ありません。

しかし、自分の意思が尊重されないまま、または自分の意思と錯覚させられたまま、家族や社会的な役割ばかりを強いられると自己肯定感を損ないます。

×高く評価されたい×他人と同じか、優れていなければならない

評価の基準が自分ではなく、他人にあると自己肯定感を損ないます。

例えば、

・通信簿が相対評価
・学力偏差値
・学歴
・年収
・所属している会社の知名度や規模
・役職などの肩書

などが挙げられますが、これらはすべて他人との比較によって行われる評価です。

これらに自己評価の基準を置いていると、順調に評価が高まっているうちは自信が付きますが、気づかないうちに自己肯定感は損なってしまいます。

そして、知らず知らずのうちに、

・兄弟姉妹と比べる
・親や親戚と比べる
・同級生や同僚と比べる
・世間の平均値と比べる

などのように、常に人と比べる癖がついてしまいます。

順調に自己評価が高まっていかない場合は、自信もつかず、自己肯定感の低さから苦悩が生まれてしまいます。

自尊心の育て方

自尊心を育てるには、

1,自尊を育てる
2,『理想の姿』を思い描く
3,自信をつける

という3つのステップを踏む必要があります。

自尊を育てる

自尊とは、他人との比較ではなく、「自分の価値や能力を信じる」感情です。

『ありのままの自分』が心のおもむくままに、

○好きな物を所有する
○選びたい物を選ぶ
○やりたい事をやる
○楽しい事を楽しむ
○面白い事を笑う
○興味深い事に取り組む

などの行動を取る事を、許される環境が必要です。

その環境の中で、

・夢中になれるものを探す事
・食べたい物、着たい服などを選ぶ時には、人に押し付けられず、顔色を伺わず、周囲に合わせず、自分で決める事
・嬉しい、楽しい、面白いという気持ちを、共感・尊重してくれる家族や仲間がいる事

これらの条件が、1つでも多く満たされる事で、自尊が育ちます。

理想の姿を思い描く

今の日本の教育は、子供に夢や目標を作る事を強制します。

日本に住んでいると「夢に向かって頑張る」事が誰にでも可能で、当たり前であるかのような錯覚が広まっていると感じます。

しかし、不運にも自尊感情が育っていない者に、夢や目標を立てるよう強制する事は、良い教育・良い社会であるとは思えません。

新学期、学級担任の先生に、今年の目標を決めて発表しなさいと言われます。

自尊感情が育っていない児童は、周囲の様子や先生の顔色などを見て、「自分にふさわしく見える」目標を決めているでしょう。

そして「自分で決めたのだから、達成できるよう頑張りなさい」と精神的な圧力をかけられます。

一見、自分で見つけた『理想の姿』に見える「目標」は、本人の心の中では、他人からの押し付けによって作られた『あるべき姿』である場合があるのです。

日本の教育にはびこる「夢」や「目標」に対する無理解と悪習が、児童に苦悩を強いる原因となっています。

『理想の姿』は、まず自尊感情が育っている事が前提条件としてあり、さらに個人ごとに思い描く瞬間が異なるものです。

新学期だからといって、すべての児童に、一斉に夢や目標が見つかる訳がないのです。

心の赴くままに、自ら願ったタイミングで自然と獲得されるべきものが『理想の姿』であり、それを他人に伝える言葉になったものが、本当の意味での「夢」や「目標」となります。

自信をつける

『理想の姿』を思い描けたとしても、自分が行っている物事を他人に見せず、自己満足で終わるケースもあるでしょうが、ここでは『理想の姿』を思い描いた後、結果や形にして他人へ伝える所まで進んだケースとして、話を進めます。

結果や形にしたものが他人に評価されると、自信が付きます。

評価がお金を生んだり、資格の取得や肩書が付いたり、表彰などで社会的な認知を生むこともあります。

近年のネット上では、

・記事がSNSで拡散され「いいね」をたくさん貰った
・多くの人と繋がり有名になった

というような成功もあるでしょう。

ここまで来るのは大変な幸運と言えます。

しかし、この幸運も永遠に続くものではありません。

気づかないうちに、他人や周囲の期待や義務に変わってしまうと、『理想の姿』が『あるべき姿』に変わり、苦悩を生む事があります。

自尊心が暴走し、自分や周囲の人々を加害してしまう危険があるのです。

近年、テレビやネットなどを見ていると、成功したビジネスマンや、社会的に恵まれている人々などが、

「自分は人より頑張っている」
「自分は天才ではない。当たり前の事を人より頑張り、耐えているだけ」
「結果を出せずに嘆く者たちは努力が足りない。甘えるな」

などのように、他者に辛辣な言葉を投げかけ、加害している様子が散見されます。

この傾向は最近起こり始めたことではなく、昔から、上司が部下に、親が子供に、先生が生徒に、勝者が敗者に、優秀者が劣等者に行ってきたものが、ネットの発達で可視化されたものでしょう。

その証拠に、古い諺にも、このようなものがありますよね。

「実るほど、頭を垂れる稲穂かな」

(意訳:偉い人はふんぞり返って威張っている事が多いけれど、実るほど頭を垂れる稲穂のように、偉くなるほど謙虚な姿勢でいたいものだなぁ。)

成功して自尊心が高い人ほど、自分だけを見ずに、他人への配慮や謙虚な姿勢が求められるのです。

まとめ

自己肯定感と自尊心の違いについて、いかがでしたでしょうか。

最後にもう一度、自己肯定感と自尊心をまとめます。

[自己肯定感]

自己肯定感の「感」は、感覚の「感」であり、バランス感覚のように、安定した平地に立っている人にとっては無自覚なものです。

『ありのままの自分』が肯定されている安心感という土台に立っていて、他人の評価を気にせず自由気ままに自己表現できる状態を「自己肯定感がある」という言い方をします。

「失敗したらここに居させてもらえない」というような恐怖や強迫観念があると、安心感という土台が柔らかくブヨブヨになり、何かに掴まっていなければまともに立っていられません。

他人の評価に掴まってなんとか生きている状態を「自己肯定感が低い」と言うのです。

[自尊心]

自尊心は、自尊と自信から成り立っている自覚のある感情です。

自尊心を育てるには、3つのプロセスが必要です。

1,自尊を育てる
2,『理想の姿』を思い描く
3,自信をつける

自尊心を得られるのは、とても幸運な事です。

自尊心が育った場合、自尊心を暴走させて他者を加害しないよう、周囲に配慮し、努力する自由と環境を許された幸運に感謝し、謙虚な姿勢を身につける事が必要なのです。

自己肯定感と自尊心。どちらも大切な概念です。

しっかり理解する事で、自分や家族や友人などが、よりよい人生を歩む大きな力となるでしょう。

※今回は「自己肯定感」と「自尊心」の違いについて説明しましたが、「自信」との違いにフォーカスを当てたこちらの記事もおすすめです↓

自己肯定感とは?自信との違い
このページでは、自己肯定感と自信の違いを解説します。自己肯定感と自信について正しく理解することは、生きやすさに繋がります。他者によってつくられた『あるべき姿』ではなく、『ありのままの姿』の延長線上にある『理想の姿』を思い描いて生きましょう。

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