自己肯定感が低い原因~就職氷河期世代と職人気質~

団塊・ポスト団塊世代と就職氷河期世代のタイムテーブル 考察
団塊・ポスト団塊世代と就職氷河期世代のタイムテーブル

現代の日本は、世代単位で見ていくと、「自己肯定感が高い世代」というものがありません。

「自己肯定感は低いが、苦悩していない世代」
「自己肯定感が低い為に、苦悩している世代」

この2つがあります。

今回は、日本人の自己肯定感が低い原因について、「気質」と「世代」に注目しながら考えていきたいと思います。

気質のサンプルとしては、「職人気質」を取り上げます。

世代のサンプルとしては、「団塊・ポスト団塊世代」「就職氷河期世代」の親子を取り上げます。

先に結論をお伝えすると、

・真面目さ
・世間体と恥の文化
・伝統的な家族観
・競争社会

この4点が日本人の自己肯定感の低さに強く影響していると考えます。

このような結論に至った理由について、前半では時代背景を振り返り、後半で詳しく説明していきたいと思います。

  1. 職人気質不遇の時代
    1. 職人気質とは
  2. 終身雇用という大きな安心が職人気質の人々を支えた
    1. 終身雇用とは
    2. 高度経済成長における職人気質の役割(1954年~1973年)
  3. 家柄から学歴へ。受験フィーバーの到来(1970年代中頃~)
  4. バブル前後の職業評価~「安定」に対する蔑みから嫌味へ~
    1. バブル景気(1986年~1991年)
    2. バブル崩壊と長い不景気のはじまり(1991年~2001年)
    3. 不景気による受験の過熱~腐っても”四大”~
  5. 就職氷河期世代の景色(1970年代~1980年代に生まれた世代)
    1. 就職氷河期の到来(1990年代半ば~2000年代前半)
    2. やりたい仕事より、入れる会社
    3. 親の価値観と無理解が子供を苦しめる
    4. 非正規雇用の増加~頑張っても報われない時代~(2001年~2005年)
    5. 民主党政権~希望が見えてきた頃に再び絶望へ~(2009年~2012年)
    6. アベノミクス~景気の定義とは~(2013年~現在)
    7. 副業推奨の時代へ~合わない職人気質~(未来)
  6. 前半のまとめ
  7. 就職氷河期世代からは、親世代はこう見えている
    1. 同じ性格・違う時代
    2. 価値観の押し付け・苦しみの連鎖
    3. インターネットの発達
    4. 団塊・ポスト団塊世代が見ている景色~仕事・結婚・住宅・親・世間~
    5. 就職氷河期世代の上がらない賃金・増税・将来への諦観
  8. 自己肯定感のない親子~自信の世代間格差~
    1. 自己肯定感とは
    2. 自己肯定感は低いが、自信がある世代
    3. 自己肯定感が低く、自信もない世代
  9. まとめ

職人気質不遇の時代

職人気質とは

それではまず、「就職氷河期世代(1970年~1984年前後生まれ)」と、その親世代である「団塊世代(1946年~1950年生まれ)」「ポスト団塊世代(1951年~1959年生まれ)」の時代背景について振り返ってみたいと思います。

現代は、職人気質の人に不遇の時代です。

高度経済成長を支えた「ものつくりの時代」が終わり、「コミュニケーションの時代」に移っているからです。

職人気質とは、以下のような特徴を指すものであると私は思っています。

・仕事に探究心、こだわり、美学がある
・物静かで自己アピールは苦手
・収入や出世よりも専門技術や知識を高めることに充実感を得る

職人気質をもつ人々は、仕事に対して真面目で真摯に取り組みます。

よりよい仕事をする為に、自分から業務内容に興味を持ち、深く考えて工夫するので、上司からの圧力は不要です。

職業倫理が高く、自分に正直で、適当な仕事や不正は行いません。また、このような自分の性格に誇りを持っています。

自主性があり、何も言わなくても任された業務をしっかりこなしてくれるような、信頼のおける存在です。

無闇に自分の業績をアピールする事は恥ずべき行為ですが、認められなければ不満を持ちます。

ただし、「自分を認めてほしい」というように不満を周囲に漏らす事は、みっともない行為であると思っています。

でも不遇な仲間をかばう時は、自分が損をする事も厭わずに、上司などに対しても不満をぶつけます。

 

「技術や知識でものを作る」いわゆる「職人」ではない職業に就いている人々の中にも、職人気質の人は多く存在しています。

例えば、医者、看護師、タクシーや大型車両の運転手、倉庫管理、点検保守業務、解体業者、経理や労務などのバックオフィス業務、銀行の一般職、塾の講師、電話オペレーターなどの窓口業務、機械やソフトウェアのテスト担当者・・・

その他あらゆる分野で職人気質の人々が活躍しています。

そんな彼らの気質と相性の良かった社会制度が、

終身雇用 & 年功序列型の給与体系

だったのではないかと考えています。

終身雇用という大きな安心が職人気質の人々を支えた

終身雇用とは

終身雇用とは、企業が倒産しない限り定年まで雇用されるという、日本にかつてあった慣習です。

戦後に何度か訪れた好景気、いわゆる高度経済成長によって労働力が不足し、企業は人材の流出を防ぐ必要に迫られました。

長期間同じ会社で働くメリットを増やすべく、年功序列型の給与体系や、退職金制度、企業年金制度等を導入していきます。

国もまた、退職金から払うべき所得税について、勤続20年を超えた者に対しては優遇する制度を作りました。
退職金を貰うとそこから所得税が引かれるのですが、勤続20年目までの分は40万円×勤続年数が控除され、21年目以降分は70万円×勤続年数が控除されるようになっています。

そして労働者を守るべく、企業側の解雇権の濫用を防ぐために、労働基準法で解雇規制を行いました。業績悪化などがあっても、企業は雇った労働者を簡単には解雇できなくなったのです。

これによって人材が固定化され、中途採用の門戸を開く会社は少なくなりました。

つまり、労働者は会社を辞めるリスクを負うことになったのです。

企業と労働者は運命共同体であり、労働者は企業を守るために、粉骨砕身、会社に尽くしました。

・長く働けば給料が上がっていく
・老後の安心も増えていく
・自分が会社を守る事で、会社も自分を守ってくれる
・会社が潰れたら、再就職先が簡単に見つからない

このようなメリットとリスク回避の気持ちが、企業に対する忠誠心や愛社精神を育む土壌となっていました。

会社に不満があったり、苦しい状況が訪れても、辛抱や我慢する事に大きなメリットがあったのです。

我慢は美徳でした。

「不景気の後には必ず好景気が来る」

神話のような経済論がまことしやかに論じられていました。

この時代に働き盛りの20代~40代を送った団塊世代・ポスト団塊世代。

彼らにとって、就職とは人生の決定そのものでした。

高度経済成長における職人気質の役割(1954年~1973年)

ものつくりの現場において、職人気質の人々は素晴らしい戦力でした。

生産性の向上、品質の維持、正確な納品。

妥協なき仕事への情熱が、日本を技術大国へと押し上げる一因となりました。

「made in Japan」は高品質の代名詞となりました。

自分で自分の業績をアピールすることに抵抗感のある職人気質の人々にとって、年功序列の給与制度は大きな安心でした。

輸出の好調と相次ぐ好景気が、年功序列の給与制度を支えました。

企業にとって、職人気質の人々は都合のよい人材でもありました。

自己アピールすることもなく、不満を言う事もなく、マネージメントもそれほど必要なく、自ら高いモチベーションを維持し続けてくれました。

経営者は、売上の数字にもっぱら心を砕くようになり、営業部門と生産部門などに注力すればよかったのです。

その結果、バックオフィス業務や、点検保守業務、コールセンターなどは「コスト部門」などと呼び、軽視するようになっていきました。

そんな状況に気づく事もなく、職人気質の人々は、黙々と職能を磨くことにやりがいを見出していました。

終身雇用という大きな安心が、それを可能にしていたのです。

家柄から学歴へ。受験フィーバーの到来(1970年代中頃~)

戦前の華族制度に象徴される身分制度の残滓が、戦後しばらくの間も色濃く残っていました。

企業が採用する人材には「家柄」が重視されていました。

しかし、経済成長に伴って過激化する競争社会が、まもなく悪習を打ち消していきます。

実力を測る指標は「家柄」から「学歴」に変わっていきました。

終身雇用が主流の世の中で、倒産リスクの低い大企業へ就職する事は、大きな安心であり、ステータスでした。

子供を大企業へ就職させたい。

親の願いと経済力が、受験フィーバーを巻き起こしました。

1970年代の中頃の事です。

(就職氷河期世代は、ちょうどこの頃、1970年~1984年前後に生まれています)

親は近所で子供の学歴を自慢し、親戚に就職した企業を自慢しました。

子供は親にとって自慢の子供でなければなりませんでした。

男の子は「投資」の対象となり、女の子は「作品」となり、また老後の「保険」となりました。

そんな親を見て育った子供は、今度は自分たち同士で評価しあいました。

高身長、高収入、高学歴。(三高)

企業や財界にとって都合の良い「人材」である事が、人物そのものの評価になっていきました。

バブル前後の職業評価~「安定」に対する蔑みから嫌味へ~

バブル景気(1986年~1991年)

バブル景気とは、1986年から1991年まで起こった過熱的な物価の上昇、および好景気の事です。

当時、多くの民間企業がバブル景気の恩恵を受けていました。

時流に乗って大きな所得を得た人々は、湯水のようにお金を使い、享楽の時を過ごしました。

バブル景気は職業評価を激変させました。

公務員は蔑みの対象でした。

「何が悲しくて公務員なんてやっているんだ」
「公務員になりたいの?物好きだね」
「公務員をやっている奴なんて馬鹿だ」

こういった言葉を、私の周囲でも日常的に何度も耳にしました。

バブル崩壊と長い不景気のはじまり(1991年~2001年)

バブルが崩壊すると、終わりの見えない、長い不景気が訪れます。

バブルが崩壊した1991年~2001年を「失われた10年」と名付けた2002年頃は、まだデフレを脱出していない時期でした。

公務員は、蔑みの目から一転、嫌味をぶつけられる対象へと変わっていました。

テレビでは連日、公務員叩きが繰り返されました。

公務員の家族は親戚や近所の人々から日常的に嫌味を言われました。

「お父さん公務員で羨ましいね」
「クビになる心配しなくていいもんね」
「お金があるお家はいいわね」

公務員本人の前では言わず、奥さんや子供など、家族に対して陰湿に嫌味をぶつけていました。

不景気による受験の過熱~腐っても”四大”~

不景気によって、親たちは学費が払えなくなるかと思われましたが、そうはなりませんでした。

「子供が苦労しないように、安定した優良企業に就職させてやりたい」

親の思いが、むしろ受験戦争を過熱させたのです。

また、そうするだけの余裕がまだ残っていた時代でした。

当時、学歴社会に対する疑問の声が、早くも聞かれるようになって来てはいました。

受験フィーバーの頃より受験生の数は減り、大学が増え、「大卒」の質の低下が起こっていたのも要因の一つです。

高学歴と低学歴が罵り合う討論番組が盛んに放送されていました。

実力主義の萌芽とも見て取れます。

しかし当時の親達は「腐っても鯛」という諺にかけて「腐っても四大(四年制大学)」と子供に言い聞かせていました。

学歴社会を見てきた者たち(特に苦渋を味わってきた者たち)は、子供たちの未来もその延長線上でしか想像できていなかったのです。




就職氷河期世代の景色(1970年代~1980年代に生まれた世代)

就職氷河期の到来(1990年代半ば~2000年代前半)

終身雇用&年功序列の給与制度の世の中を生きた団塊世代が生んだ子供たち(団塊ジュニア世代)は、受験フィーバーの真っ只中で生まれ、思春期を過ごし、高校や大学の在学中にバブルが崩壊しました。

団塊世代より一つ次の世代である、ポスト団塊世代が生んだ子供たち(ポスト団塊ジュニア世代)は、小学生~中学生の頃にバブルの崩壊を経験しました。

彼らは大手証券会社の倒産、銀行の倒産、アメリカの大手投資銀行の経営破綻、自治体の倒産など、どんどん悪くなっていく世の中を見せられ続けてきました。

「君たちが卒業して就活する頃には、不景気が終わっているといいね」

そんな風に高校の先生に言われていた生徒たちは、大学4年の就活の時期になっても、まだ不景気が続いていました。

やりたい仕事より、入れる会社

やりたい仕事に就ける者は、ごく一部でした。

せっかく大学まで出してもらったのに就職できないなんて親に申し訳ない。

早く就職して安心したいし、親の期待に応えなければならない。

このような焦りとプレッシャーから、多くの者が「入れる会社」に就職していきました。

当時はまだ、「ブラック企業」という言葉はありませんでした。

採用は企業優位の買い手市場であり、屈辱的な圧迫面接やハラスメントも盛んに行われました。

入社後も、不景気下で新人教育に回せる予算もなく、面倒を見てくれるはずの先輩や上司も業務過多。

パワハラやサービス残業は苛烈でした。

でも当時は、上司も新入社員も、それがパワハラであるという認識がありませんでした。

「若い頃の苦労は買ってでもしろ」
「石の上にも三年」

社会は厳しいものであり、これが普通であると言い聞かせ、我慢の日々と引き換えに心を壊していきました。

「やりたい仕事」をできず「入れてもらった会社」で、心はどれだけ耐えようと頑張っても、体がついてきてくれる者達ばかりではありません。

「今の若い人たちは我慢が足りないね。すぐに辞めていってしまう」

苦境を理解しようとしない者たちが、安全な場所から若者の苦しむ様子を見て、安易に揶揄する言葉を発していました。

心の病気を患いながらも、職人気質を受け継いだ真面目な若者たちは、仕事が続けられない原因を自分の忍耐力や精神力の欠如に求めました。

不甲斐なさに泣きそうになりながらも、言い訳はしませんでした。

当時「自己責任」という言葉が流行っていました。

就職先を決めたのも、退職を決めたのも、すべて自己責任。

「潔さ」が彼らの矜持でした。

その矜持が、助けを求める「恥」を嫌い、自らを追い詰めていました。

※ブラック企業についての詳しい内容については、こちらの記事もおすすめです↓

ブラック企業から身を守る【状況別】5つの方法
この記事では、ブラック企業から身を守る方法を紹介します。現在、ブラック企業で働いている、あるいは、就職活動中でブラック企業に入りたくない人は参考にしてみてください。会社の組織論とレジリエンスについても解説しているのでこちらも必見です。

親の価値観と無理解が子供を苦しめる

終身雇用の時代を生きた人々には、以下のような価値観が根付いています。

・勤続年数=誇り
・我慢は美徳
・正社員は安定している
・正社員は昇給がある
・結婚し、家を建て、車を買うのが人並みの幸せ
・職を転々とするのは恥ずかしい事である
・転職は「経歴に傷がつく」

また、近年の就職事情や仕事に関しては疎い面が多々あります。

・どんなに就職難でも、選ばなければ仕事はある
・正社員には退職金制度が当然あるもの
・今はパソコンやスマホがあるから昔より便利で楽である
・今の人達は、自分たちの頃より恵まれている

このような価値観と無理解が就職氷河期世代を苦しめています。

非正規雇用の増加~頑張っても報われない時代~(2001年~2005年)

小泉政権による規制緩和で非正規雇用が増えました。

新卒で就職活動がうまく行かなかった場合や、スキルアップする事なく転職せざるを得なかった場合など、正社員を希望してもなれない人々は、当座の生活のために、アルバイト、パート、派遣社員などの非正規雇用で収入を得ました。

企業も即戦力ばかりを求め、人材を育てる事をしなくなりました。

システマチックな業務フローを作り、難しい仕事も一見「誰でもできる」かのような仕事に仕立て上げて、安い人件費で業務を回す事を良しとしました。

忙しい時期だけ従業員を補充し、不要になれば切りました。

企業だけではなく、地方自治体も同様のことをしました。

例えば学校の事務員は、7月で雇用契約を切り、9月に再雇用したのです。

派遣社員の仕事に対する意欲は百人百様でした。

始めから「長くても5年で辞めさせられる」と決まっており、昇給もないので、明らかにやる気がない人々もいました。

そんな人々の印象を派遣社員全体に当てはめて見る正社員も多くいました。

「これだから派遣社員は駄目だ」というレッテル貼りです。

派遣社員の中にも、仕事に真摯で真面目に取り組む人々もいます。

相性の良い職場に出会うことがあれば、雇用形態や給料に関係なく、やりがいを感じて職能を伸ばす事に情熱を傾ける職人気質のタイプもいるのです。

しかし彼らがどんなに望んでも、いつかはその職場を去らなければなりませんでした。

民主党政権~希望が見えてきた頃に再び絶望へ~(2009年~2012年)

小泉政権が掲げた「V字回復」。

そのどん底から数年経ち、ようやく就職率が上がってきた頃、民主党政権になりまた急落しました。

ちょうど派遣切りの時期と重なった友人は苦労していました。

当時、地方のハローワークは人で溢れ、受付は数時間待ちだったと言います。

テレビで政権交代を煽った人々は当時「選ばなければ仕事はあるだろう?今の若者は肉体労働を忌避する傾向にあるから」などと冷たく言い放ちました。

「コンクリートから人へ」

公共事業を減らした結果、肉体労働の仕事も減っているのでした。

政治家やマスコミ御用達の専門家達が垂れ流す「取らぬ狸の皮算用」を信じた人々の投票行動が、現役世代を苦しめたのです。

アベノミクス~景気の定義とは~(2013年~現在)

団塊世代(1946年~1950年生まれ)の大量退職による人材不足から雇用が回復しました。

そしてアベノミクスによって株価が上昇した頃をもって「景気回復」とされました。

かつては「賃金と物価が上がり、消費活動が活発な様子」を景気が良いと呼んでおり、株価は景気を読む為の「指標」でしかなかったはずです。

それがいつの間にか「株価の上昇」そのものを「景気が良い」と呼ぶようになっていました。

かつて高度経済成長やバブルを見てきた人々には違和感しかありません。

政府や行政がどれだけ好景気をアピールしても、多くの人々が景気の良さを実感できない原因は、このような唐突な意味のすり替えによるものだと思っています。

バブル崩壊から、一応の「いわゆる景気回復」までの時期をもって、現在では「失われた20年」などと呼ばれています。

しかし、私は現在もバブル崩壊後の不景気から脱出はできていないと感じています。

副業推奨の時代へ~合わない職人気質~(未来)

職人気質の人々は、営業や税務も全て一人で行わなければならない個人事業より、組織にいる方が存分に特徴を発揮します。

副業より専業の方が力を発揮するのです。

終身雇用&年功序列で存分に特徴を発揮した彼らの子孫が、就職氷河期世代にも多くいます。

お金は不満の一要因でしかないのです。

彼らの充実感は、組織に所属した上で「職能を伸ばす」「専門性を高める」事にあり、その証明として収入のアップが期待されるのです。

Twitterを見ていると、就職氷河期世代の嘆きツイートを目にします。

それに対して個人事業で成功された方や、金融投資で儲けた方などが罵倒する事がよくあります。

「20年も経つのにまだ自分の不遇を他人のせいにしているのか」などと言うのです。

論点が噛み合っていないのです。

彼らが第一に求めるものは、自らの特徴を存分に発揮して得られる「充実感」なのです。

お金も当然求める要素の一つではありますが、充実感に付随してお金を得る事が重要なのです。

前半のまとめ

ここまで、「就職氷河期世代」と、その親世代である「団塊世代」「ポスト団塊世代」の時代背景について振り返ってみました。

後半は、世代間の認識や感覚のズレに注目して、自己肯定感が低い原因を考察していきたいと思います。




就職氷河期世代からは、親世代はこう見えている

就職氷河期世代と親世代との親子関係は、時代の流れに強い影響を受けています。

就職氷河期世代から見える景色としてタイムラインを簡単にまとめると、以下の画像のようになります。

時間は左から右に流れています。

中央の右向き矢印が時代、上半分が「団塊・ポスト団塊世代」、下半分が「就職氷河期世代」を表しています。

団塊・ポスト団塊世代と就職氷河期世代のタイムテーブル

団塊・ポスト団塊世代と就職氷河期世代のタイムテーブル

上の画像の内容を以下に文章化します。

同じ性格・違う時代

遺伝については、様々な書籍や記事で紹介されていますが、IQは80%の確率で遺伝の影響があるという説があります。

脳への遺伝の影響がこれだけ高確率なのであれば、職人気質の親から職人気質の子が生まれる確率も高いのではないか、と私は考えています。

職人気質と相性のよい「ものつくりの時代」を生きた親世代は、時代の流れに乗って一億総中流を実現し、(今と比較して)高所得を手に入れました。

成功は正しさを作り、「常識」を生みました。

言わなくてもわかる「以心伝心」「背中で見せる」「ツーカーの仲」などが尊ばれた時代です。

しかし時代は変わり、日本の「ものつくり」は衰退しました。

長い平成不況の最中に、海外で液晶ディスプレイが高評価を得たり、スーパーコンピュータが世界一の処理速度を獲得するなどのニュースが「made in Japan」のプライドをくすぐる事もありました。

しかし結局、世界との競争に次々と敗れ去っていきました。

日本人は、そのことを認めることができませんでした。

過去の栄光にすがり、プライドを必死に繋ぎ止めようとしたのです。

競争に負けたことから目を逸らし、テレビの報道番組等では、品質の低い周辺国の製品を笑いものにするような話題が多く取り上げられました。

「テレビを見る世代」=「人口の多い世代」=「視聴率の取れる世代」が喜ぶような「日本スゴい!」番組が多く作られました。

彼らの「常識」「以心伝心」「プライド」は、無自覚に子供に害を与えるようになっていきます。

わずか数十年で彼らの手で作り上げた価値観を「常識」と呼び、「プライド」を子供に振りかざしたのです。

価値観の押し付け・苦しみの連鎖

価値観の押し付けは、団塊・ポスト団塊の世代も、子供の頃に家族から受けていました。

彼らの親世代は、戦前戦中の社会規範を優先する事が当たり前の時代を生きてきた人々です。

男の子は強くあるべきだ。

長男は家の跡取りだ。

女の子はお淑やかであるべきだ。

適齢期が来たら嫁に行くべきだ。

「産めよ増やせよ」の時代で、貧しい中で7人も8人も兄弟がいる事が普通の時代でした。

末っ子ともなれば親だけでなく長男長女との世代格差も大きく、時代感覚に大きな開きがある中で、年上を敬う儒教的な意識を幼い頃から刷り込まれました。

彼らの子供時代に「個性の尊重」などという概念はありませんでした。

結びつきが強い家族観の中で育った団塊・ポスト団塊世代は、家族から受けた価値観の押しつけを、無自覚に自分の子供たちにも行うようになります。

「若い頃の苦労は買ってでもしろ」
「石の上にも三年」
「我慢が足りない」
「怒鳴られるだけ、まだありがたいと思え」

こういった言葉や態度が、彼らの子供たちに襲いかかった就職難や、苛烈な勤務実態に苦しむ就職氷河期世代を苦しめました。

辛辣な言葉を直接子供に言わない優しい親もあったでしょう。

しかし親の優しい性格を引き継ぐような子供達であれば、親の期待と落胆を敏感に感じ取り、自らを責めたのです。

インターネットの発達

インターネットが発達し、知識を手に入れる機会と範囲が急速に拡大する事で、年齢と経験による知識の優位性が失われていきます。

「常識」という言葉は、「思考停止」を意味する場面が多くなりました。

中高年の迷惑行為が拡散されるようになり、若者ばかりが非難の標的になるような理不尽がなくなりました。

年齢はただの数字となり、年齢による上下関係も薄れてきました。

匿名性の高いサイトでは、権威よりも内容が重視されました。

マスコミの報道に不備があれば一斉に指摘し、学者の発言におかしな点があれば容赦なく叩くようになりました。

SNSなどを通じて、個人的な趣味や生き方を広く伝えることができるようになりました。

「あくせくと働いてお金を稼ぎ、貯金し、結婚し、家族を養い、車を持ち、家を建てる」

就職氷河期世代が子供の頃に大人に見せられた「幸せな人生設計」は、日本という小さな島国でたった数十年通用していただけの特殊な価値観であるという事がわかりました。

就職氷河期世代の中でも、幸運にも学生の頃からインターネットに触れる機会を多く持てた者達は、多様な価値観を知り、否定せずに尊重しあう、コミュニケーションの時代の到来を肌感覚で理解する事ができました。

「以心伝心」「背中で見せる」「ツーカーの仲」など、非言語コミュニケーションはだんだん通用しなくなってきているのです。

それと同時に、親が生きてきた非言語コミュニケーションの価値観についても深く理解している就職氷河期世代は、古い常識に強く囚われている親世代の無理解にも苦しむようになっていきます。

「なぜ正社員になれないんだ?」
「頑張りが足りないんじゃないのか?」
「自分を情けないと思わないのか?」
「お前の人生、本当にこれでいいのか?」
「言われなくても、当然わかっているんだろう?」

このように「あえて暴力的にきつい言い方をしているのは愛情の裏返しである。愛情の裏返しであることは本人も十分にわかっているだろう」というような叱咤激励のやり方がありますが、まさにこういったやり方が、就職氷河期世代を追い詰めていきます。

団塊・ポスト団塊世代が見ている景色~仕事・結婚・住宅・親・世間~

団塊・ポスト団塊世代の20代~30代は、恋愛結婚も盛んに行われていましたが、まだまだ見合い結婚が主流でした。

「身を固める」などと呼び、結婚が社会的地位を上げ、出世する為の必須事項となっていました。

自由恋愛をしたい女性も「行かず後家」などと揶揄されないよう、結婚相手を必死に探しました。

そして結婚相手が決まれば、盛大な結婚式を挙げ、親を喜ばせたのです。

会社は家族手当を給与に上乗せしました。

 

終身雇用の社会では、正社員が社会的信用を生み、長期にわたる借金を可能にしました。

国も住宅ローン控除や住宅金融公庫で「マイホームを持つ幸せ」を後押ししました。

会社も給与に住宅手当を上乗せしました。

家を建てる事が人生の一大イベントとなり、家を建ててみせる事で、親を喜ばせ、世間に対する大きな自信を得ました。

・・・と同時に、「この程度の家しか建てられなかったが、まぁ、自分にしてはよく頑張った」というような、充実感の中にも謙遜の気持ちを抱いていました。

 

団塊・ポスト団塊世代は、そんな自分の人生に比べて、就職氷河期世代である自分の子供を見ています。

息子あるいは娘は、もう適齢期も過ぎているのに、結婚相手が見つかりません。

「うだつが上がらない」以前に、家を建てられるだけの稼ぎがありません。

正社員ではないから、借金すらまともにできません。

どうしてこうなったのだろう。

育て方を間違えたのだろうか。

自分は親を人並みに喜ばせてきたし、十分に世話してきた。

子供にもお金と愛情をかけた。

それなのに、子供は自分に認められるような事を何一つしていない。

間違っても世間に自慢できるような子供ではない。

時代が違うのもわかるし、苦しい状況なのはわかる。

それでも、自分がそうであったように、子供だって頑張ればもう少しなんとかなったはずだ。

衣食住だって自分の頃より子供のほうが恵まれている。

自分は一生懸命働いて稼ぎ、親に恩返しした。

子供には十分に与えられるものを与えた。

不公平だと思ってはいないが、老後の事もあるし、子供が心配だ……。

就職氷河期世代の上がらない賃金・増税・将来への諦観

再び就職氷河期世代の視点に戻ります。

企業の人材管理は、「学歴」重視から「実力」主義に移行していくかのように思われましたが、そうはならず「若くて安い労働力」を使い捨てる時代になってしまいました。

高い実力があっても正当に評価されず、大切にされず、使いつぶされています。

そしてSNSが普及し、副業や起業のための仲間や情報が容易に手に入るようになり、実力主義の舞台は企業ではなく個人へと移っています。

そんな中、国は大企業を守りつつ、社会保障費などの支出を賄うための徴税の矛先を、個人へと向けるようになってきています。

バブル後の不況を知る世代は、現在(2019年)のように個人で起業して成功したり、金融投資でうまく稼げる時代が、そう長く続くとは思っていません。

東京五輪の後に必ず不況が来るだろう。

ネガティブな安全志向が働き、低賃金ながらも、よりよい雇用環境を求めて職を転々とする日々が続きます。

年金は貰えないのだろうか。

引退はできないのだろうか。

それどころか、今後、自分たちの仕事はAIに奪われるのだろうか。

そうなれば、経済の専門家達が言うように、ベーシックインカムが導入されて働かなくても生きていけるようになるのだろうか。

生活の不安がなくなり、自由に好きな事に没頭でき、思うように自己表現できる時代がやってくるのだろうか。

淡い期待を抱きながらも、そんなにうまい話はないだろうという諦観が、生きる意欲を減退させます。

自己肯定感のない親子~自信の世代間格差~

ここまで「団塊・ポスト団塊世代」と「就職氷河期世代」親子の感覚と認識のズレについて確認してきました。

彼らには共通点と相違点があります。

共通点は「自己肯定感が低い」ことです。

相違点は「自信の有無」です。

それぞれの意味を考えていきましょう。

自己肯定感とは

自己肯定感とは、自分の『ありのままの姿』を肯定する感覚のことです。

自己肯定感『ありのままの姿』を比較しない

自分を義務や期待や他人と比較せず、『ありのまま』存在する事が許されている

『ありのままの姿』とは、誰かから値踏みや評価される事のない、見たままの自然な姿です。

社会的地位や、お金をどれだけ持っているか、家族や友人関係、住んでいる場所、誰かに評価された事などを除く、自分自身の自然な姿のことです。『ありのままの姿』は、年齢や経験によって常に変化しています。体だけではなく、精神的なことも含みます。

「義務を果たさなければならなかったり、他者の期待に応えたりしなければ、ここに存在してはいけない」というような強迫観念がなく、「ありのまま、ここに存在を許されている」「失敗しても大丈夫」「自分は自分の思うがままに生きていて大丈夫」という安心感に、無自覚に包まれている状態を言います。

自己肯定感は、周囲の影響で低くなってしまう事があります。

自己肯定感が低くなる原因は、「義務」「期待」「比較」です。

「義務を果たさなければならない」
「期待に応えたい」
「人と比較して普通以上でいたい」

これらの気持ちが
「自分はありのままでいる事を許されない」
「成長しなければならない」
という呪縛となります。

この呪縛を、『ありのままの姿』に対して『あるべき姿』と言います。

自己肯定感が低い状態

自己肯定感が低い状態

『あるべき姿』とは、要求される姿です。

最低限「このような人間になっていなければならない」と、誰かに求められる姿です。

生まれたばかりの頃は、「よく寝て、よく食べて、元気に成長すれば良い」と望まれていたものが、いつしか「勉強で良い成績を取ってほしい」→「良い学校に進学してほしい」→「良い企業に就職してほしい」→「高収入を得てほしい」などと、年齢や周囲の変化によってどんどん高くなっていきます。

「ありのままの自分でいてはいけない。あるべき姿にならなければならない」という感覚が「自己否定感」です。

自己否定感

自己否定感

「自己否定感」があると『ありのままの姿』と『あるべき姿』の差を、結果や服装や地位やお金など、別の何かで埋めようとします。

完全に埋める事ができた場合は、それが自信となります。

自信のある状態

自信のある状態(結果・服装・地位・お金などで差を埋める)

しかし、「自己否定感」を「自信」で埋めた人は、それを失ってしまう「不安」と常に戦い続けなければならなくなります。

自信は不安の裏返し

自信は不安の裏返し

自信は不安の裏返しでもあるのです。(この不安は無自覚であるケースが殆どです。)

そして、年齢と共に膨らんでいく『あるべき姿』に追いつくため、常に何かで埋める行動を続けて行く事になります。

大学に入れば、単位を取って卒業する事が『あるべき姿』になり、就職して働く事が『あるべき姿』になり、働いていれば収入を増やしていく事が『あるべき姿』になっていきます。

自信があり自己肯定感が低い状態

大きくなっていく『あるべき姿』

『あるべき姿』が大きくなると、『ありのままの姿』との差が大きくなります。

それをすべて「自信」で埋めていくと、それを失う不安も大きくなります。

自己肯定感が低くなる仕組み

『ありのままの姿』と『あるべき姿』の差が大きくなっていく

努力で結果を出してきたという自負のある人が、結果を出していない他人を見ると「努力が足りない」などと冷たく言い放ち、貶めるようになるケースがあります。

これは、築き上げてきた自信が、ある日突然失われるかもしれないという潜在的な不安からもたらされるものなのです。

自分への厳しさは、他人に対する厳しさにもなります。

自己肯定感が低い人は、『ありのままの自分』を許す事ができないので、『ありのままの他人』を許す事もできません。

人は『あるべき姿』に向かって成長しなければならないものと思っているので、自分にも他人にも厳しくなります。

逆に言えば「自分への愛し方が、他人への愛し方にもなる」とも言えます。

「愛しているからこそ、厳しく接する」という考え方は、典型例と言えるでしょう。

自己肯定感は低いが、自信がある世代

「団塊・ポスト団塊世代」は、自己肯定感が低く、自信がある世代です。

自己肯定感の低さの原因は、彼らの親や社会にあります。

社会規範を優先する事が当たり前だった戦前戦中の厳しい時代を生きてきた親に育てられたのが「団塊・ポスト団塊世代」です。

男の子は強くあるべきだ。

長男は家の跡取りだ。

女の子はお淑やかであるべきだ。

適齢期が来たら嫁に行くべきだ。

団塊・ポスト団塊世代は、個性である『ありのままの姿』よりも、社会や家族の中で果たすべき役割である『あるべき姿』を優先され、育てられました。

戦後、海外から様々な価値観が流入し、ゆるやかに時代は変化しても、子供の頃に刷り込まれた『あるべき姿』優先の価値観は無自覚に息づいているのです。

「団塊・ポスト団塊世代」にとって幸運だったのは、高度経済成長を経験できた事でした。

家電三種の神器(白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫)

3C(カラーテレビ、クーラー、自動車)

時代が経つにつれて、良くなっていく社会と、良くなっていく生活を実感しました。

終身雇用&年功序列の給与制度の庇護の元、多くの者が(今と比較して)高所得と社会的地位を得ることができました。

努力と我慢が良い結果を招きやすい環境の中、順調に自信を付けていく事ができたのです。

自己否定感を覆い隠す自信

自己否定感を覆い隠す自信

『あるべき姿』が肥大化していくと、比例して自己否定感も肥大化します。

それと同時に自己肯定感もどんどん低くなっていきます。

しかし、自信が自己否定感を覆い隠しているので、彼らは苦悩した経験がありません。(人それぞれ様々な苦悩はあったでしょうが、自己肯定感が低い事に対する苦悩は経験していないのです。)

自己肯定感の低さに気づく必要のない人生を送ってきたのです。

そして、家族の為に尽くしてきた自分の『あるべき姿』を、無自覚に子供に押し付けるようになっていきます。

自己肯定感が低く、自信もない世代

「就職氷河期世代」は、自己肯定感が低く、自信もない世代です。

自己肯定感の低さの原因も、彼らの親や社会にあります。

まず、親には、親の親から連綿と受け継がれてきた「家族の役割」という『あるべき姿』が無自覚に押し付けられました。

そこに「学校に通い卒業する」という『あるべき姿』が上積みされています。

そして学歴社会がもたらす受験フィーバーと不景気による閉塞感が、競争を過熱させ、就職氷河期世代の中で、『あるべき姿』を肥大化させました。

多くの者は、社会に出てから、努力しても結果の出なかった時代を長年過ごしました。

親の期待に応えられず、社会的な安心も地位も成功も得られない事で、自信を喪失しています。

自己肯定感・現役世代の苦悩

現役世代の苦悩

自信のなさが深い苦悩を生み、現代において自己肯定感という言葉の流行を生んでいるのではないか。

そう私は考えています。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

「団塊・ポスト団塊世代」と「就職氷河期世代」をサンプルとして、日本人の自己肯定感の低さの原因を考えてきました。

・日本人の気質が生み出す「真面目さ」
・学歴や職業など、世間体を意識する「恥の文化」
・親の親から連綿と引き継がれてきた「家族の役割」
・世間や社会がもたらす「競争」

この4点がもたらす『あるべき姿』は、「団塊・ポスト団塊世代」と「就職氷河期世代」の親子に限らず、全世代に共通するものです。

日本人の自己肯定感の低さの原因の一つは、個性を尊重せず『あるべき姿』を押し付けてきた事にあると考えます。

「団塊・ポスト団塊世代」は幸運にも自信を付ける人生を送った事で、自己肯定感の低さに苦悩する事はありませんでした。

しかし、「就職氷河期世代」が直面している苦悩は、日本人全体が抱える問題なのです。

自己肯定感の低さを自覚し、原因を考える事は、偶然生まれてきた時代の良し悪しにとらわれず、より良く、自分らしく生きる為の第一歩と言えるでしょう。




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